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秋から冬にかけて吹く強い風のことを野分と言います。野の草を分けて吹く風という意味ですが、秋の風にぴったりの言い方ですね。天気予報もなく、衛星で雲の様子を見ることもできなかった時代、人々は野分の到来をどのように思っていたのでしょうか。現代の人よりも、気温や風の匂いの変化などに、敏感に生活していたのではないかなと思います。

今回のコラムは、変態漆作家の若宮隆志さんです。このような時代だからこそ、「共に生きる」ことの意味を改めて考えてみたいですね。

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「共生」蒔絵香炉

「花も木も動物もみんな生きている」これは伊藤若冲の「鳥獣花木図屏風」の事で2013年に東北3県で開催された「東日本大震災復興支援 若冲が来てくれました プライスコレクション 江戸絵画の美と生命」展に出品された際に、子供達にも観てほしいという事で難しい漢字表示から、わかりやすい作品タイトルで表示されていた。

また展覧会では驚く事にメイン作品である「花も木も動物もみんな生きている」がガラス無しで手をのばせば直接触れられるような距離で作品が展示されていた。

様々な生き物が活き活きと想像力で描かれ、屏風の色合いや動物の細部までしっかり観ることができた、なにより動物の表現がユーモラスで可愛らしい、江戸時代の絵でありながら全く古さを感じない魅力的な色彩であり、作品から放たれるエネルギーを肌で感じる事ができてとても嬉しくて感動的だった、いつかこの作品の一部でも蒔絵でチャレンジしてみたいと思っていた。

ようやくその機会を得て制作したのが今回ご紹介させていただく「共生」蒔絵香炉である。動物たちの蒔絵表現には金粉や銀粉を蒔いて色漆を塗り研ぎ出し蒔絵の技法を用いた、白い象の白色は漆では出せないのでウズラの卵を細かく砕いて貼る技法を用いた、象の背中には螺鈿を細かく砕いて貼り青い光沢を表現した、全体の背景の青は人工オパールを細かく砕いて蒔き、青色漆を塗り込んで炭で研ぎ出した、人工オパールは平成になってから開発された材料で光を当てるととても綺麗に光る、火屋は純銀で制作した、香炉の周りは銀粉を磨いて研ぎ出して金属のように仕上げた。

屏風の背景に描かれている升目描きは今回残念ながらチャレンジする事を諦めた。

器物には香炉を選んだ、お香は仏様にお供えして俗世に生きるモノの心と体を清めるためのものなのでこの作品のタイトルにも合うと感じた、若冲が40歳で家督を弟にゆずりその年に描いた旭日鳳凰に「花鳥草虫各霊有り」と賛を書いていて、これは花や、鳥や、草や、虫には魂があるという意味でそのまま「草木国土悉皆成仏」の思想につながると哲学者の梅原猛は人類哲学序説に解説している、草も木も動物も国土のような非情なモノにも心があり成仏するという意味らしい、若冲がそのような覚悟で絵を描いたのであれば、仏様にお供えするお香を焚く香炉にこの絵を描くことに意味があると思った。

また白い象はお釈迦様の化身とされるのでお釈迦様の周りに肉食動物も草食動物も同じ画面に描き、その絵を観るために世界中からたくさんの人が集まり、様々な生き物がお互いに作用し合う環境の中で結果的に共に生きている想像上の極楽浄土を表すと感じた、そのため作品のタイトルを「共生」とした。