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先週は無事祇園祭の先祭の巡行が行われました。途中少しだけ雨が降りましたが、青空の下での3年ぶりの巡行に、皆さん気持ちが高揚されているようで、「ようやくですな!」と晴れやかな表情で挨拶されている人が多かったのが印象的でした。今週末は、後祭の巡行があります。今のところ天気予報はよさそうなので、楽しみです。
今回のコラムは、一茶庵宗家嫡承の佃梓央さんです。仙人というと、白髪で長い髭を生やしたおじいさんのイメージがありますが。。。ユニクロを着た仙人ってどんな人でしょう。
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ユニクロを着た仙人
先日たまたま見た講演会の動画で、ある人がこんなことを言っていました。
「聞いた話なんですけど、一応名前は伏せときますけど、Aさんっていう物凄くあるビジネスで成功した人がいて、東京のあるところのパーティーに参加されてたらしいんですね。そこって芸能人がみんな結婚式やりたがるような会場で、しかもそのパーティー、経済界の大物たちがズラッと来るようなパーティーで、なんかそのAさんも呼ばれたらしく、みんなバリっととんでもないブランドのスーツとか時計とかビシッとしてくる感じだったらしいんですね。でもそのAさん、そんな中フラーっと現れて、何と、一人だけユニクロのTシャツだったっていう・・・。(爆笑)。まあそういうAさんみたいな『仙人』みたいな人もいますけど・・・。」と、講演会は続いていきました。
私が心引かれたのはこの講演者の「仙人」イメージでした。「Aさん」のように、どんな場でも自分のスタイルと価値観を自然に表現できてしまう人のことを「仙人」と形容するところにいい意味での違和感というか面白みを感じたのです。
「仙人」と聞けばどのようにイメージされるでしょうか。多くはこんなイメージではないでしょうか。白く長いひげをたくわえた老人、それも相当年をとっていて、杖を突き、ダボダボで灰色の衣装をまとっている、あるいは雲に乗り、深山幽谷の岩場に隠れ住んでいる・・・。しかし「Aさん」はビジネスの成功者であり、東京の某所で行われたパーティーに出席していて、スタイリッシュなラフスタイルを象徴するブランド「ユニクロ」の服を身にまとっている。「ユニクロを着た仙人」という新しいスタイルの「仙人」だな、と私は思ったわけなのです。
長い中国の歴史の中では、「仙人」とみなされた人が何人もいます。
今回はその中の一人「東方朔(とうほうさく)」を紹介させていただきます。
東方朔(とうほうさく)。紀元前154年?~紀元前93年?の人。前漢の第七代皇帝、武帝(ぶてい)に仕えた人です。
第七代皇帝・武帝は紀元前134年、政治的に対立していた母の死後、自らの手で国家体制の整備に取り組みます。優秀な人材を登用することも重要な課題でした。全国各地から人材を募集し、採用しようとします。これを千載一遇のチャンスと見た若き日の東方朔は、首都長安に向かい3000枚もの竹簡に政治に対する自分の思い、自分の考えを書き連ね、皇帝に上奏したと言われています。このあまりにも膨大な量の上奏文は皇帝の目を引きました。東方朔は非常に饒舌で文章がうまく、皇帝は2か月をかけながらもこれを読み通したそうです。
歴史上、中国の皇帝たちの一つの大きな課題となるのは、他人からの意見や諫め事を聞き入れることができるかどうか、あるいはそれだけ信頼のおける側近をもっていて、彼らからの意見を尊重し、自らの権力の暴走を止められるかどうか、皇帝はいつも自分に意見してくれる「ブレイン」を抱えておかなければならないわけです。前漢の武帝も意見や諫め事を言ってくれる信頼のおけるブレインを探していました。能弁で文章のうまい東方朔は、うまく自分に意見や諫め事を言ってきてくれる人物の候補として、皇帝に任用されることになるのです。東方朔は機知に富んだ言葉の達人であると同時に、当時流行したゲーム(『射覆(せきふ)』という箱の中に入れられたモノを透視するゲーム)が得意な人でもありました。ゲームを見せることや、ユーモアのある言葉で人を楽しませることができる東方朔を、皇帝は「常侍郎(じょうじろう)」という皇帝に近侍する官職につけました。
しかし東方朔は、あまりにも言葉巧みであり、機知に富み、滑稽な弁舌を皇帝たちに披露しますから、皇帝たちに対する「お笑い担当の芸能者」的な立ち位置から脱却できなかったと言われています。歯に衣着せぬ物言いで皇帝たちをユーモラスに批判したとしても、どれだけ彼らにとって耳の痛い話をしたとしてもなかなかまともに受け入れられず、決して政治的に重要な判断をするときの皇帝のブレインとはなり得なかったようです。このような観点から、東方朔を「笑いの神様」のように崇めることもあります。
私がここで注目したいのは、このような人物を歴史は神格化し、「仙人」と位置付けてきたことです。皇帝直属のいわば超優秀な「宮廷道化」を「仙人」と評価しているのです。この姿は先述しましたような、白く長いひげを蓄えて杖を持って深山幽谷に密やかに暮らしている「仙人」イメージとは全く違っているようです。
井波律子先生はご著書『中国の隠者』(平成十三年 文春新書)の中で東方朔を以下のように評しておられます。「零落した遊説家、宮廷の道化隠者として、東方朔は権力のど真ん中に真空状態を作り出し、とにもかくにも危ない綱渡りを演じきった」と。
「権力のど真ん中」の「真空状態」。
権力のど真ん中にいながらにして語るべきことを語る「仙人」としての「東方朔」。
これは、この文章の一番最初に述べました「ユニクロを着た仙人」と少し姿が重なりました。つまり、人里離れた深山幽谷で他を寄せ付けぬ「仙人」ではなく、大都市の、いわゆるPowerの中心にいて異彩を放つラフでスタイリッシュな「仙人」。
私が携わる茶文化で「通仙(つうせん)」という言葉があります。これは中国・唐時代の茶詩にもとづく表現で、「茶を飲むと仙人世界に通じる」という意味です。今までどうも茶をいれるとき、深山幽谷としての「仙人世界」を私自身意識し過ぎていたようです。「権力のど真ん中」の「真空状態」。そんな「仙人世界」に通ずるための茶。ユニクロを着て大都会の真ん中、Powerの中心に「仙人」と呼ばれて存在できる人に通ずる茶。そんな茶への勉強は、私自身、まだまだ続いていくようです。