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京都や東京の桜は見ごろを過ぎ、葉桜になっていますが、桜前線はまだまだ北上を続けています。北海道では、桜は4月の下旬から5月の連休くらいに咲くため、なぜカレンダーの4月のイラストや入学式のイメージが桜なのか理解できなかったと北海道の人から聞いたことがあります。北海道は、春が来たら花が一気に咲くため、桜や梅、辛夷などが一斉に花をつけ、まさに百花繚乱の景色になります。雪深い厳しい冬を乗り越えたご褒美のようなものでしょうか。

世界的に見ても、新年度が始まるのは9月の国がほとんどで、4月なのは日本くらいだと昨年話題になりました。でも、稲作文化圏である日本で、お米作りのための様々な準備が始まる春に新年度が始まり、小麦文化圏である欧米で、収穫の時期である秋に新年度が始まるのは、やはり意味があるような気がします。

今回のコラムは、京都産業大学の小林一彦先生が書いてくださいました。やはり新年度に桜が咲くのもなんだか意味があるような気がしますね。4月17日は、創設から10年目に入った心游舎の総会をオンラインで開催いたしますが、その第二部で小林先生には年中行事のお話をして頂きます。第二部は、会員以外の方もご視聴いただけますので、ぜひご参加くださいませ。

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「新型コロナと日本文化」

送ったり送られたり、迎えられたり迎えたり。別れと出会いの季節が桜の時期と重なるのは、いいなあ、と毎年のように感じます。お世話になった人を送り出すのは、その人と歩いた自分の人生をふり返るよい機会にもなり、新しい生活を迎えるための準備としても、節目として欠かせないものだと思います。

私たちは、新型コロナウイルスという、未知の存在と、およそ1年前に出会いました。突然、嫌われ者が目の前に現れてきたわけですから、強いストレスを感じ、一刻も早く、いなくなってほしいと誰もが願っていることでしょう。

ところで、人類が地球上に登場したのは、約20万年前のことでした。けれども、ウイルスはおよそ30億年前から、地球に住んでいたらしいのです。あまりに長い時間でピンときませんが、「20万円は何とか貯金できても、30億円は絶対に無理」と考えると、ウイルスのほうがはるかに大先輩であると実感できます。ウイルスにとっては、逆に私たちのほうこそ、後から目の前に現れてきた未知の生物ということになるのでしょう。地球上には、桜やチューリップや野草、鳥や獣や虫たちなど、多種多様な生き物が、肩を寄せ合って暮らしています。私たちも、その中の一つにしか過ぎません。ウイルスを敵と考えずに、なんとか共生していく道を探るほうが、毎日の生活も楽になるように思えますが、いかがでしょうか。

世界には、たくさんの民族が存在しています。それぞれに独自の宗教や文化を大切にしてきました。唯一の絶対的な神を信仰し、それ以外は認めない集団もいますし、多くの日本人のように、八百万(やおよろず)、たくさんの神様を信仰し、さらにお彼岸やお盆、クリスマスなど外来の宗教行事もフレキシブルに日常にとりいれて暮らしている集団もいます。

さて、誰でも疫病や貧乏はイヤですよね。ところが日本では貧乏神に疫病神(やくびょうがみ)と、昔から神様にまつりあげて共存してきたのです。すこし前に、「トイレの神様」という曲がヒットしましたが、トイレだけでなく井戸にも風呂にも台所にも、昔から身近には神様がいると信じて、日本人は暮らしてきました。

私は、ふだん大学で、学生たちに日本文化を教えています。文化とは、わかりやすく言うと、暮らし方の知恵・工夫のことです。諸外国から見ると、日本はワクチンの接種も、とびぬけて遅れているのに、学校は休校にならず、ロックダウン(厳重な封鎖)も行われず、なんとなく平穏が保たれている不思議な国と映るようです。医療関係者はじめ社会を支えている人たちの努力のお蔭ですが、その根底には、昔から災害列島に住み続けてきた暮らし方の知恵が、無意識のうちに働いているのでは、と思えてきます。ちょっとイヤなヤツだけど、ここは相手を立てて、しばらく一緒にやっていこうや、そう思うとストレスも減り、気持ちも軽くなるのではないでしょうか。