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昨日は東日本大震災から10年の節目の日でした。もう10年たったのかという気もしますし、あの日のことが今もありありと思い出せるだけに、まだ10年なのかという気もします。時の流れと言うのは残酷なもので、時と共に記憶は薄れていってしまうものです。心游舎でも復興支援ワークショップとして、東北でのワークショップ開催を続けてきましたが、現地に足を運び、現地の方のお話を聞かなければわからなかったこと、知らなかったことがたくさんありました。震災が記憶にない、震災を知らない世代の子どもたちも育ってきています。何を知り、何を伝えるかをしっかりと見極めていかなければと思いを新たにします。

先月福島県沖であった地震も、東日本大震災大震災の余震と考えられており、まだ終わっていないのだということを感じます。被災された皆様に心よりのお見舞いを申し上げますとともに、皆様が少しでも心穏やかに過ごされることをいつも祈っています。

今回は、彦十蒔絵の若宮隆志さんに香時計のお話を書いていただきました。香時計は、香りで時を計る道具です。田んぼに水をどれだけ引くかで、昔はよく争いが起こったそうですが、お寺が香時計を管理し、お香が燃え尽きたら、次の田んぼと時間を計っていたそうです。火で水を制するというのが、陰陽の思想でも意味があることなのだそうです。お香の香りが変わったことで時を知るというのは、とても優雅ですよね。

鎮魂の意味でもお香は焚かれます。お香の香りは残念ながらお届けできませんが、この投稿を見てくださっている方のお心が安らかになることを願い、香時計のコラムをお届けさせていただきます。
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今から20年ほど前に能登の古いお寺で香時計という道具に出会い、こんな田舎の山奥のお寺にこれほど優雅で高尚な道具があることに驚きました、また伝統的な道具にすでに備わっている実用性と思想が活かされた素晴らしいアート作品だと感動しました。

この時から漆器で香時計を制作してみたいと考えていました、香時計または時香盤は香を焚くことが目的であったものが、香の燃えるスピードが一定であるため寺院で諸行事の時間を計る道具として利用され、さらに水田に水を流す時間、遊郭で遊ぶ時間、三味線の時間など生活の中にも活かされ機械時計が普及する明治時代頃まで実用的に使われていたようです。
現在でも東大寺二月堂の修二会「お水取り」では香時計が使われているそうです、また劇場などのスタッフや役者名と役名を書いた表は“香盤表”(こうばんひょう)と言うようですが、これも香時計と関連性があるのではないかと興味深く感じながら制作を開始しました。

制作に取り掛かり、難しかったのは時間を計る必要があるため抹香の木型調整でした。

香時計の底に灰を平らにしきつめて、その上に木型を置いて抹香を蒔きます。ヘラで均等にならしてから静かに外すと源氏香のような抹香の型ができます、そのかたの端から火をつけると一定のスピードでお香が燃えていきます、私の制作した型では約1時間30分(90分間)の時間を計ることが出来ます、この型を4つ繋ぐと6時間(360分間)になります、また型ごとにお香の種類を変えると薫りの変化によって時間を感じることが出来ます。

香時計のデザインは明治時代のものを参考に朴の木で制作し、灰をのせる盤は熱が漆器に伝わらないように純銀製にして18金メッキを施しました。火屋は朴の木で組子に漆を塗り銀粉を蒔いて金属に見えるように仕上げました。

香時計の下の部分は引き出しになっていてその上の窓の部分には季節ごとに移り変わる蓮を蒔絵で描き、四季の移り変わりと共に花が咲き枯れて種が落ちて発芽する輪廻を表現しました。

香時計の4方向に春(東)・夏(南)・秋(西)・冬(北)の絵柄を配し、春の面には梅に鶯、夏の面には舟と蛍、秋の面には秋草と月、冬の面には御所車と雪輪を描きました。

中央の灰は土用に見立て相撲の土俵と同じ五行の考え方を香時計の内に反映させ時間と空間を表現しました。

蒔絵のテーマに選んだ源氏物語は登場人物の心の機微が表現され、その繊細な心のゆれが自然の摂理だと感じます、儚さや無常は時代を超えて私たちの心に響き、お香が燃えてなくなることを目の当たりにすることで、自分の命の時間が刻一刻と消えてなくなっていることを実感します、それによって今という時間を再認識することができるのではないかと考えています。