師走と言いつつ、まだなんとなく年の瀬の雰囲気を感じられないまま過ごしている今日この頃ですが、江戸では12月8日、上方では12月13日が事始め。煤払いなどをして、年神さまを迎える準備を始める日になります。京都では、花街の舞妓さん、芸妓さんたちが、お茶屋さんや芸事のお師匠さんたちにお正月準備を始める挨拶に行く日で、華やかな様子がニュースで流れるものですが、今年はどうなるのでしょうか。
SNSでの交流が便利な時代になり、年賀状のやりとりなどもやめられる方たちも増えているようですが、思いを交わす、思いを伝えることはどんな時代でも大切にしていきたいものですね。
今回のコラムは、京都産業大学の小林一彦先生が書いてくださいました。
小林先生は、心游舎の夏越の祓の配信のときにご登場いただき、深く、含蓄に富んだお話を色々聞かせてくださいました。
古典文学がご専門で、和歌の魅力などをとてもわかりやすく平易な言葉で伝えてくださいます。
今回はひらがなのお話。通信回線がない時代でも、昔から日本人は頻繁に思いを伝えあっており、その言葉を現代でも知ることができるというのはすごいことだと思います。紙と墨の文化に改めて感謝したくなります。
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すばらしい「ひらがな」
ひらがなは「あ」から「ん」まで、48種類しかありません。
漢字は小学校で習う教育漢字だけでも1026字、総数はなんと18万字とか。漢字博士が尊敬されるはずです。
「ひらがな検定」がないのは、やさしすぎる、ということなのでしょう。
漢字は一つ一つ意味が違います。こまごまとした内容を伝えようとすると、何千字も覚えなくてはなりません。受けとる人も、その漢字を知らないとコミュニケーションが成り立たないことになります。漢字は難しい、それだけに使いこなすにはハードルが高いのです。
私の学生時代、パソコンはいちいち英文を打ちこんで指示しないと、何もしてくれない、ただの大きな箱でした。
今のスマホは、当時のパソコンよりもはるかに優秀で、アプリでいろいろなことができます。何より手軽で、簡単に操作できるところが最大の利点です。
実は、ひらがなこそ、まさにスマホの先取りだったのです。わかりやすく簡単なので、すぐに覚えて、使いはじめることができます。
昔の日本では、ひらがな31文字のショートメール(和歌)が、親子、兄弟姉妹、友人そして恋人たちの間で、ラインやメールのように、自由にやりとりされていたのでした。
日本人の心情をのせた、やわらかなやまとことばが、「ふみづかい」の少年たちを通信回線に、平安京を飛び交っていたのです。
たとえば「きみがため春の野にいでて若菜つむわがころもでに雪は降りつつ」(光孝天皇)など。
ひらがなに意味をそえる漢字を少々まぜて、簡単に誰でもポエムが作れるアプリ、それが和歌だったのです。
ひらがなを発明した先人は、みんなが自由に使えるようにシステムを開放してくれました。千年以上も前に世界が驚く長編小説『源氏物語』が生まれたのも、ひらがなの発明があったからでした。
「なきたいほどしあわせ」「かなしくてやりきれない」などは、ひらがなで簡単に作れる文字列です。
シンプルだからこそ、すばらしい。
18万字は大陸の圧倒的な物量を連想させます。一方で、わずか48字でも職人の手わざが光る、それが「ひらがな」なのです。
日本らしいと思いませんか。