9月になりました。
3月3日、5月5日など、奇数が重なる日はおめでたい日とされ、来る9月9日は重陽の節句の日に当たります。
元々は中国から伝来した慣習ですが、日本では天武天皇の時代にこの日に詩歌を楽しむ酒宴が初めて催された記録があります。
邪気を払い、長寿を祈念して、天皇から賜った菊酒を飲み、前日に菊の花に覆いかぶせた真綿に移した菊花の露で顔や体を拭うことで、不老長寿を保つという習慣も生まれました。
これを菊の着綿(きせわた)ともいい、今でも和菓子屋さんではこれを模したお菓子がこの時期に登場するので、目にされたことのある方も多いのではないでしょうか。
今回のコラムは、一茶庵宗家嫡承の佃梓央さんです。9月5日には、梓央さんにもご登場いただき、重陽の節句をテーマにしたお茶のオンラインセッションを開催いたします。
コラムのタイトルに、「煎茶はお数寄?」とありますが、「数寄」とは、風流・風雅の道に心を寄せること、また自分の思うままにふるまうことという意味もあります。
どんな「数寄」者が登場するか楽しみにしていらしてください。
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『煎茶はお数寄(すき)!?』
「煎茶」という茶に憑(と)りつかれた人たちは、時代を拓(ひら)いた人でした。
例えば明治時代。言わずと知れた大変革期。この時代にあって「煎茶」を趣味にしたのは初代内閣総理大臣・伊藤博文、三菱創業者・岩崎弥太郎、住友家十五代当主・住友春翠、その他・・・。新しい考え方で、新しいモノを生み、新しいコトを起こし、新しい価値を作り上げていった人たちです。
新しい何かを創造していく行為のことを「イノベーション」と言いますが、「煎茶」に憑りつかれた彼らもまた「イノベーター」と言ってよいでしょう。「イノベーション」が起きるメカニズムははっきりしている、と専門家は言います。「ある何かと、全く別の何かとを掛け合わせること」。時代を拓くとは、この「掛け算」を成功させることであるようです。明治の「イノベーター」たちは、このような掛け算のスペシャリストだったと言えるかもしれません。
彼らは「煎茶」の何に憑りつかれたのでしょうか。それは「ある美術作品と、それとは全く別の美術作品とを掛け合わせる魔力」だと考えています。例えば紀元前の中国で生まれた「青銅器」、そこに炭を入れてお湯を沸かし、壁にはほんの数十年前に描かれたいわば当時の現代アート絵画を掛け、17世紀インドで染められた布、「更紗」を敷き、日本の宇治で採れた煎茶を飲む、そこには全然違うものがたくさん共存し、美術の交響曲ともいうべき空間が立ち上がってきます。だれも見たことのない重層的な和音が生まれてくるのです。しかし、ただ別の物同士を掛け合わせたとしても不協和音にしかなりません。「イノベーター」たちが「煎茶」を愛してやまないのは、このような「掛け算」の面白さを誰よりもよくわかっていて、誰よりも遊べたからでしょう。
ウィズコロナ時代です。新しい時代です。煎茶を飲んでこの「掛け算」を遊びながら「掛け算」の魔力に酔いしれましょう。煎茶を楽しんだ人たちを「煎茶数寄者」ということがあります。「数寄者」。「数」々のものを「寄」せて集めて遊べる「者」、私はそのように解釈している次第です。