京都は梅雨に入り、少し数が減りましたが川沿いでは蛍が飛んでいます。和菓子屋さんにも蛍をモチーフにしたお菓子をこの時期はよく見かけますが、今年は蛍を見に行く人より蛍の数の方が多いかもしれませんね。ひりひりするような思いが心を支配することも多い昨今ですが、蛍の儚い光は、その心にあたたかくやわらかく明かりを灯してくれるようでほっとします。
今回のコラムも、心をあたたかくしてくれるおまじないのお話です。執筆者は、橘流寄席文字・江戸文字書家の橘右之吉さんです。右之吉さんには昨年大人心游舎で「江戸の粋」についてお話をしていただきましたが、江戸っ子らしい小気味いい語り口調で繰り出される含蓄のあるお話に皆が魅了され、もっとお話を聞いていたかった!という声が続出した伝説の講演会となりました。右之吉さんの書かれた角大師や悪疫退散のお札や千社札を、玄関に貼ったり、携帯電話の待ち受け画面にしたりして、コロナ除けのおまじないにしている人も多いそうですよ。確かに効果がありそうです。
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おまじない
子供の頃、遊んでいて転んだり、頭をぶつけたりして痛い思いをし泣いていると、可愛がってくれた祖父が、決まって呪文のように唱えた言葉がある。
「ちちんぷいぷい、ごよのおんたから」。
漢字に充てると「智仁武威武威御代御宝」だろうか。これを三遍唱え、痛いところに「フゥ〜っ」と息を吹きかけて治療終了。痛さを忘れ瘤をさすりながら、また遊びに掛かっていた。三代将軍徳川家光の乳母であった春日局が、疱瘡などに罹り病弱だった幼少の家光をあやし、鼓舞するために使った「智仁武勇」が始まりらしい。「智仁武勇(ちじんぶゆう)は御代(みよ)の御宝(おんたから)」の意味は「知恵と人への優しさと侍の強さを持つことが、この世の宝」という意味だろう。
末は将軍となることを春日局は考えて、孔子の説く「智者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は恐れず」に加え、侍の頭領としての「武」を加え、教育のキーワードにしたのかもしれない。この話が、後に江戸庶民に伝わり、広まって行った時には、元の意味もわからず「おまじない」となり、「ちちんぷいぷい」へと変わって行ったのだろう。
長火鉢の炭を悪戯していて、鉄瓶に触れ熱い思いをした時にも祖父は、水道の蛇口の水を患部に掛けながら、「不忍の池の大蛇が火傷して、痛まず痒からず」「おんあぶらうんけんそわか」と、妙な節をつけて唱えていた。子供の私には意味不明だったが、不思議と痛みが薄れたのを覚えている。
京都の友人は「ウチの方では『猿沢の池の大蛇』と言っていた」と聞き、ご当地の池の名が「おまじない」の文句に入ることを知ったが。暗示にかかりやすい子供には、ある意味で効果がある「おまじない」で、心理学では薬を使わないが「ニセ薬効果」と呼ぶと聞いた。薬品メーカーのコマーシャルで、子供の額に手を当て呟く、世界各国の「痛いの痛いの飛んでゆけ〜」を見て、何処の国でも想いは同じだなと感じた。
世界中が新型コロナウイルスに立ち向かう昨今、「蘇民将来」「角大師」「アマビエ」など様々な悪疫退散の護符が話題になっているが、民間伝承の「おまじない」と笑ってはいけない。きっと不安を取り除き元気になる「気養い」の効果があると、私は信じている。